キリンジ「雨を見くびるな」歌詞解釈
最初聴いた時にはなんとなく、男女が喧嘩しており、そこに雨が降ってるシチュエーションで、雨が陰鬱な雰囲気を演出しているのかな、くらいなもので、サビとAメロとの繋がりがあまりよく分からなかったんですねぇ。でも、
考えれば考えるほど心情の表現に思えてきて、個人的にはなるほど!と繋がりました。
まずは楽曲と歌詞の紹介から。(と、言いつつ動画見れませんでしたスミマセン。。)
作詞:堀込高樹 作曲:堀込高樹
あぁ、口づけで責めてみても カエルの面にシャンパンか
舌を噛むなんてヒドいな ご挨拶じゃないか
みろ、曖昧な笑みが浮かぶ あらかじめの嘘の果てか?
まばたきがいやに少ないぜ 悪意の波長は荒れ模様
街の灯が水に滲んでゆく「夜中には止む」
この雨を見くびるな みぞおちを蝕んでゆくだろう
深く深く
二人はいさかいのポーズのまま 裏腹の筋を違えた
逆さ言葉で逆撫でて 夜は軋みをたてる
秘密と嘘のゲームは 昔の歌でけりがつく
化粧は静かに雪崩て 悪意の波長は荒れ模様
街の灯が水に滲んでゆく「夜中には止む」
この雨を見くびるな みぞおちを蝕んでゆくだろう
深く深く
もう、憂鬱はいつものように 優しく包んでくれやしない
低い温度でゆっくりと 僕らは火傷をしたんだ
街の灯が水に滲んでゆく「夜中には止む。」
この雨を見くびるな みぞおちを蝕んでゆくだろう
深く深く
雨を見くびるな
街の灯が水に滲んでゆく「夜中には止む。」この雨を見くびるな みぞおちを蝕んでゆくだろう
深く深く
雨を見くびるな
この雨を見くびるな
あぁ、口づけで責めてみても カエルの面にシャンパンか舌を噛むなんてヒドいな ご挨拶じゃないか
彼「何に怒ってんの?」→キス→彼女「冷やかしやめて」の舌噛み。からの「カエルの面にシャンパン」の流れ。
「カエルの面にシャンパン」は造語ですね。元々はことわざの「カエルの面に水」で、意味としては「どんなことをしても効き目がないこと」ですが、そこをシャンパンとした上での意味は「どんな洒落たことをしても無反応で効き目がないこと」といったところでしょうか。
なので、彼女の機嫌を取ろうとキスしてみたけど効果ない、ってことですね。
みろ、曖昧な笑みが浮かぶ あらかじめの嘘の果てか?まばたきがいやに少ないぜ 悪意の波長は荒れ模様
「あらかじめの嘘の果て」というのは、こちらに対して最初から疑念と嫌悪感に近い感情をもっており、「まばたきが少ない」=何らかの覚悟を持ってこちらを真っ直ぐに見つめていて、まるでこちらの軽率な態度の奥にある甘い期待を見透かしているよう。
「曖昧な笑み」というのは無理に笑ってる、というよりほくそ笑んでいる、に近いように感じ、そんな「曖昧な笑み」はこちらの悪事をバラそうとでも言うのか、自分が受けてきた怒り哀しみ切なさをこれから暴露せんとするような含みのある笑み。それらの感情を「悪意」と表現してるよう。
彼女のこちらに対して積もり積もった不満が今まさに攻撃に転じようとする瞬間、ですね。
街の灯が水に滲んでゆく「夜中には止む」この雨を見くびるな みぞおちを蝕んでゆくだろう深く深く
「夜中には止む。」がカギカッコされているのはつまり彼(こちら)の心の声。つぶやき。「彼女のこの怒りもすぐにおさまるだろう」と思っていたけど、そんな考えは甘い、と。
そうした時に「雨」とは実際の雨、というよりこの一連の彼女の態度と不敵な笑みが持つ深い感情を意味している。と考えた方がしっくりきますね。
雨は実際降っているのかもしれないが、雨に感情を投影しており、雨はそのための象徴であり受け皿。
言いたいことはつまり彼女の怒りを甘く見るな。
軽率な考えは深い痛手を負うことになる。と。そんなメッセージを感じます。
次は二番の歌詞です。
二人はいさかいのポーズのまま 裏腹の筋を違えた逆さ言葉で逆撫でて 夜は軋みをたてる
「いさかいのポーズのまま」という表現自体にセンスありって感じですが、喧嘩は一番のシチュエーションから引き続きで、
「裏腹の筋を違えた」というのは、二人の思惑が違っていてすれ違い、噛み合わず、それはどちらかと言うとこちら(主人公)目線で、「思ってたんと違う」みたいなことですね。
「逆さ言葉で逆撫でて」は「逆撫でて」に掛けた「逆さ言葉」の言葉遊びもあるし、逆さ言葉とは実際に逆さ言葉(「しんぶんし」みたいな言葉)を言ったのではなく、彼女の待ってる言葉の逆の言葉。もしかしたら彼女は謝罪を待っていたのかもしれないが、それに気づかずに軽率な言葉をかける自分。みたいな。
「夜は軋みを立てる」→現状は悪化する一方。
なのでここでは、掛け違えたボタンのように二人の気持ちが一致せずに険悪ムードは平行線を辿っている様子が伺えます。
秘密と嘘のゲームは 昔の歌でけりがつく
化粧は静かに雪崩て 悪意の波長は荒れ模様
こちらの態度を試すような彼女であったが、ふと流れてくる思い出の曲に、昔の好き同士だった自分たちの過去がフラッシュバックして涙を流す彼女、というシーン。
「悪意の波長は荒れ模様」は一番でも同じ歌詞が使われていますが、明らかにそのニュアンスは変わり、一番では心が怒りで荒れていた「荒れ模様」だったのが、二番では心が揺れる(嫌いと好きの感情)「荒れ模様」になっています。
どこか喧嘩の雪解けの兆候を感じる表現に変わっていますね。
街の灯が水に滲んでゆく「夜中には止む」
この雨を見くびるな みぞおちを蝕んでゆくだろう
深く深く
そのため、二番のサビも一番と全く同じ歌詞でも、「雨」の部分をサビの直前で流した彼女の「涙」に変換するとその意味がわかりやすく感じられるかもしれないのですが、
あれだけ怒っていた彼女が流した涙は彼女の葛藤の結晶。彼女の本心に気づき始め、軽はずみに茶化していた自分を責めていく、そういうサビの歌詞に感じられます。
なので、二番のサビでは彼女の涙の理由を見くびるな、と言えそうです。
もう、憂鬱はいつものように 優しく包んでくれやしない
低い温度でゆっくりと 僕らは火傷をしたんだ
喧嘩とは得てして自分の解釈で相手の感情を決めつけるものですし、その方が楽ですね。「あぁ、喧嘩って嫌だなぁ」そんな憂鬱に身を委ねている方が楽だが、彼女は揺れ、自分は戸惑い、自分の勝手な解釈の範疇を超えた思いもよらない彼女の葛藤を前に、もうそんなぬるい考えに浸ってはいられない。
そして「低い温度でゆっくりと僕らは火傷をしたんだ」とは、「お前が悪いんだー」「何よーあんたこそー」とやりあえた方が分かりやすいものですが、ここでは、ただ静かに、戸惑い、怒り、好きだったからこその葛藤、自戒の念、言葉もなくお互いがその仕草や表情から察し合い、時にその矛先を自らに向けて、傷つけ、傷つき合う、というなんともしんどい状況。(逃げ出しちゃいたいですよね。。)
街の灯が水に滲んでゆく「夜中には止む。」
この雨を見くびるな みぞおちを蝕んでゆくだろう深く深く雨を見くびるな街の灯が水に滲んでゆく「夜中には止む。」この雨を見くびるな みぞおちを蝕んでゆくだろう深く深く雨を見くびるなこの雨を見くびるな
最後はもう畳み掛けるような「雨を見くびるな」。そして「雨を見くびるな」のフェードアウト。結末を読者に委ねているような感じですね。なんだか情緒的な映画のラストみたい。
「雨を見くびるな」これって誰に言ってるんでしょう?
やっぱり主人公が自分で自分に言い聞かせてるよう。それでいて読者に訴えかけているよう。
一番では「彼女の怒りを見くびるな」
二番では「彼女の涙の理由を見くびるな」
では、最後は?
「好き、という感情を見くびるな」そういうことかもしれません。
相手の気持ちを自分の解釈で決めるんじゃない。わかり合うために相手の感情に寄り添うこと。
好きになるのは簡単。だけど、好きでい続けることは困難。そんなメッセージを僕はそれこそ身勝手な自分の解釈で受け取っちゃいました。はい。
みなさんはこの曲どう感じましたか?十人十色。言葉数が少ないだけに難解に感じますが、そんな考える余白を残してくれるキリンジさんはとっても素敵です。
0コメント